古典野球落語の第3弾です。「初芝浜」「三枚新庄」に続きまして今回は大毎ミサイル打線の主砲、山内一弘を主人公にした「饅頭こわい」ならぬ「シュートがこわい」。
「シュートがこわい」
昭和30年代、パ・リーグの若い衆が集まって、好きな食べ物をああだこうだと言っているうち、人には好き嫌いがあるという話になる。
虫が好かないというが、人は胞衣(えな)を埋めた土の上を初めて通った生き物を嫌いになるという言い伝えがある。
蛙なら蛙が嫌いになり、蛇なら蛇。
嫌いな虫を言い合い、東映の土橋は蜘蛛、西鉄の稲尾はヤモリ、南海の杉浦はオケラ、阪急の梶本は百足といろいろ出た。
嫌いなものは恐い。
黙っている山内一弘に
「おめえは、どんなもんが恐い?」
と聞くと、
「ないッ」
でも、なんかあるだろうとしつこく突っ込むと
「おととい、カカアの炊いた飯がコワかった」
そのコワいじゃなくて、動けなくなるような恐いものだと言うと
「カカアがふんどしを洗ったとき、糊をうんとくっつけちゃった。コワくって歩けねえ」
ああ言えばこう言うだから癪にさわって、蛇はどうだと聞くと、あんなものは、頭痛のときの鉢巻にすると、うそぶく。
トカゲは三杯酢にして食ってしまうし、蟻はゴマ塩代わりに飯にかける。
忌ま忌ましいので、なにか一つくらいないのかと食い下がると
「へへ、実は、それはあるよ。それを言うと、体中総毛立って震えてくる」
「へえ、何だい?」
「一度しか言わないよ。……シュート」
一同啞然。どうしてと聞くと、因果で、オレの胞衣の上に子供がシュートボールを投げつけたのに違いないと、いう。
シュートを思っただけでもこう総毛だって、と山内一弘、急にブルブル震えだす。
「こわいッ、こわいよォッ」
泣き出して、とうとう寝込んでしまった。
そこで一同、あいつは普段から、のみ屋の割り前は払わないし、けんかは強いからかなわない。いいことを聞いたから、一度ひどい目に会わせてやろうと、計略を練る。
「話を聞いてさえあんなに震えるんだから、実際にシュートを投げたら、きっとひっくり返って、打席から逃げ出すかもしれねえ」
というわけで、試合になればみんな山内にシュートを投げるわ投げるわ。
「うわあッ、こわいよッ。シュートがこわい。こわいよッ」
と叫びながら、シュートを右に左にガンガンはじきかえす。
土橋、稲尾、杉浦、梶本、みんな、だまされたと知ってカンカン。
「おう、恐い恐いと言ってたシュートを打ちやがって。こんちくしょう、てめえはいったい、何がこわいんだ」
「うわーッ、こわいよ。今度は、オールスター戦がこわい」
(ス)